5
リュミエールは、今は真摯にセイランの事を想っていた。
以前女王試験で、彼が感性の教官として聖地で暮らしていたとき、リュミエールはセイランを抱いた。厭になるほど、抱いた。
最初は自分と同じ芸術畑の人間のくせに、あまりに違う個性と、豊かな才能、その奔放な性格に、憧れと嫉妬を抱いたのだった。
そして人と争うのを好まぬが故に屈折した闘争心は、彼自身の挑発に乗せられてとは言え、彼を抱き、性的に征服することによってようやく抑えることが出来たのだった。
リュミエールは執拗なまでに彼を抱いた。
他の男にも平気で抱かれる彼に苛つき、嫉妬のあまり、彼を監禁し、ありとあらゆる手段で責めた。セイランの精を、まさに絞り尽くした。
その方法はもう、サディスティックとしかいいようがない。
自分にそんな嗜虐的な性格が隠されていたとは。
しかしそれは、セイランへの想い故にしたこと。
……そう言い聞かせながら、いつも気になっていた。
―――本当に、自分はセイランを愛しているのか?―――
独占欲だけではないのか?
そしてやって来た別れ。
女王試験の終了。
逢えなくなってはじめてわかった。
―――愛している―――
…と。
そして今回。再び逢うことができたけれど、リュミエールはセイランの目をまともに見ることができなかった。
―――セイランはわたくしの事を……?―――
どう思っているのか。
まるで虐待だった。一度も血を流させはしなかった。傷つけないように愛したつもりだった。けれど、事実、リュミエールのした事は、虐待と言えるものであった。
プライドが高く、そう簡単に抱かせてはくれなかったはずの彼なのに、いつしかリュミエールの前では、まるで場末の街娼のように体を開き、求めてくるようになった。
そうさせたのは自分なのだ。
離れてみて、冷静になってみて、セイランは果たしてそんな自分をなんと思ったであろうか。そのずたずたにされたプライドを……。
きっと、自分を憎むだろう。
リュミエールは、そう思った。
だから、この事があるまで、リュミエールはセイランを避けていた。
セイランは、そんな自分をなんと思っているだろう。
あれほど自分をもてあそび、玩具にしたくせに、今度は何もしないどころか顔も見ない。
捨てられた、と思ったであろうか。
それともせいせいしたと思っているのだろうか。
―――知りたくない。知るのが怖い。―――
しかし、セイランが拉致されたと知り、居ても立ってもいられなくなった。
なんと思われてもいい、この手でセイランを助けたい…、そう思っていたところに、ジュリアスが来たのだった。
ジュリアスは何故か非常に熱心にセイランの居所を調べた。メルや、クラヴィスにさえ頼み込んで、その気配を手繰った。
今、一行は蒼のエリシア修復のため人手が足りなかった。だから危険を承知で、その場所にはたった二人で行くことにしたのだ。限られたもの以外には知らせずに。
おそらく最終決戦の舞台になるはずの、謎の城。
いや、何があるかわからず、覚悟はしていたけれど、幸いにもモンスターも出ず、あの偽クラヴィスと偽ゼフェルが快く協力をしてくれたために救出する事ができた。
奇跡のようなものである。
「う……あ…あっ…」
「セイラン?!」
「あ……あ、たすけ……てっ…リュミ…エル…さまっ…」
「セイラン、大丈夫ですよ…わたくしは、ここにおります。」
虚空に向かって延ばされた、セイランの傷ついた細い手首を、リュミエールは握り締めた。
うなされているのだ。熱もあるようだ。
無理もない。いったいどれほど酷い目に遭わされたのだろう。
「かわいそうに……セイラン…」
それでも、自分の名を呼んでいる。助けに行ったときも、最初から、セイランは自分の名しか呼ばなかった。
「セイラン……」
心から、愛しいと思った。
同じような行為を、自分もしているのに……確かに、血を流させはしなかったけれど…それなのに、セイランはリュミエールの名を呼ぶ。
虐待ではない。
それは歪みきってはいても、愛ゆえの行為だと、セイランはわかっていてくれた。
……愛しいセイラン。
リュミエールは眠るセイランにそっと口付けていた。
「リュミエールさま?」
数日たった日の夕食後、ほとんど傷も癒え、体力も回復したセイランは、もう何日も滞在している宿の、リュミエールの部屋を訪ねた。
最初の一日はつきっきりだったリュミエールだが、セイランの意識がはっきりしたのを確認して部屋を出ていったきり、付き添いを他の者たちに譲ってしまった。
なんだかセイランは取り残されたような気がした。
(ずっと、付いていてくれると思っていたのに。)
まるでだだっ子のような気分。情けないが、それが本音だった。
入れ代わり立ち代わり現れる仲間たちの気遣いの言葉もあまり耳に入らない様子で、セイランはリュミエールの事ばかり考えてしまう。
「セイラン。もうすっかりよいのですか?」
部屋の中にリュミエールがクラヴィスとともにいた。
いつもこの二人の間に流れている、静かで優しい空気とともに。
「………。」
セイランは何も言葉が出なかった。頬が思わず紅潮する。
(もう、リュミエールさまは僕のことなんて……)
「失礼しました!」
リュミエールはセイランのその様子に気付き、とめようとしたが、それより早く、クラヴィスが声を掛ける。
「私は邪魔のようだな。」
セイランは、ドアノブに手を掛けたまま立ち止まった。
「クラヴィスさま…」
「リュミエール。一度よく話し合っておけ。」
そう言うとクラヴィスはセイランからドアノブを奪って回し、部屋の外に出て行った。
「セイラン……」
リュミエールは、そう呼んでそっとセイランに向かって手を伸ばした。
「………いや…っ」
「セイラン…?」
「リュミエールさまは、もう僕のことなんて忘れてしまったんだ。」
「セイラン…それは…」
「僕は、今度のことであなたに又逢うことができて、本当に嬉しかったんだ。でもそれは僕だけだったんだね。僕は…ずっと…あなたのことを…」
「セイラン、それは違います……!」
リュミエールは立ち上がって、セイランの細い肩を抱きしめた。
「わたくしは、恐ろしかったのです。」
そして、リュミエールはセイランに、試験が終わってからの、自分がずっと考えていたことを告げた。
「あなたは、きっと私のことを恨んでいると思っていました。」
「リュミエールさま……」
「許してくださるのですか?あなたの体を玩んだわたくしのことを…」
「僕は、恨んでなんかいない。僕があなたに変えられたとしたら、それは僕があなたを好きだからだ。あなたが僕を愛してくれたからだ。
今度のことでわかった。僕はああいう事をされるのが好きなんじゃない、リュミエールさまにあんなふうに愛されるのが好きなだけなんだ。
ああいう目に遭っても、あの人たちは僕を愛していないし、僕もあの人たちが嫌いだ。だから僕はちっとも感じなかった。痛くて、辛くて、厭なだけだった。」
「セイラン……」
「リュミエールさま、今でも、僕を愛してる?」
「もちろんです、セイラン。わたくしの……愛しいセイラン…。」
セイランはそれを聞くが早いか、リュミエールにむしゃぶりつくように抱きついた。
「なら抱いて!リュミエールさま。僕を壊れるほど愛してっ。」
「セイラン…」
「そして、あいつらに汚された僕を、あなたのもので洗って!」
「わかりました、セイラン。」
リュミエールは、強くセイランを抱きしめ、その唇を吸った。
続く